映画『ハリー・ポッター』の超ヒーロー “ハリー・ポッター”
[人物]ハリー・ポッターの額の傷は、ハリーが幼い頃にヴォルデモート卿がポッター家を襲った際にできたものです。ハリーの両親は抵抗むなしくヴォルデモート卿の呪いに敗れて亡き人となりますが、ハリーは母親の強い想いに護られてヴォルデモート卿の呪いをはね返します。その代償としてできたのが額の傷です。ですので、もちろん、ヴォルデモート卿による何らかの信号があれば、額の傷が痛むというベタな痛みは度々認められます。
ですが、ハリー・ポッターの傷の痛みはそれだけではないシーンがあります。その代表として・・・。
グリフィンドールの寮に少年の小さな呻き声が響いたのは、ある雨の日の朝でした。
昔から、この傷が痛むのはよくあることだったが、ここまで強く痛いと感じるのは珍しいことで、日によって全く痛くない日と、ちょっと痛むけどそこまで気にならない日、痛かったり痛くなかったりする日、そして稀に強く痛む日…と様々だが、特に決まった法則があるわけでもなく毎度防ぎようがない。そもそも傷といっても古傷の部類だから、治療という治療も今更出来ない。額の痛みは軽くなるどころかますます酷くなっており、もう痛みというより激痛になっていた。外から聞こえる雨の音が、まるでナイフのように額に響いて刺さるようにハリーへ痛みを与える。
「ポッター、貴様ここで何をしてる!」
「何があった!此方を見ろっ」
「傷が、痛い…」
マダム・ポンフリーを呼んで、とハリーが言うより早く、スネイプはハリーを抱えて立ち上がり、全速力で駆け出した。普段は廊下を走る生徒などいようものなら秒で減点を言い渡す教師が、鬼の形相で生徒を抱え駆け込んだのは魔法薬学の教室近くにあるスネイプの自室だった。神経を研ぎ澄ませ、真剣な表情で手を動かしながら、スネイプはどの魔法薬を作るべきか頭を捻る。
一口に痛み止めと言っても種類は様々…。しかもポッターの痛みを訴えてる場所は、ただの怪我ではなく、あの古傷だ。万が一、"あちら側"の力が働いて起きている痛みとなれば、治療で抑えられるかどうか…。そこまで考えて、ふとスネイプは疑問を感じた。もし本当に邪悪な輩がホグワーツに忍び寄っているならば、もっと早い段階でダンブルドアが察知して教師陣に調べるよう告げるはずだ…それに闇の魔力ほど強いものであるならば、吾輩が気づかない訳がない…古傷が痛む原因は別にあるのか?
[頭痛のエピソード]幼少期のスネイプが、まだマグルの世界で生活していた頃。天気には気圧というものがあり、人の体や精神状態に影響を与えることがあると、何かの本で読んだことがあった。
「ポッター、その傷はいつから痛んでいた」
「昨日の、夜です…寝る前くらいからちょっと痛いなって…」
この忌々しい雨は確か、昨晩の消灯時間辺りから降り出している。みの原因が見えてきたスネイプは、安堵と同時に呆れを含めた笑みを見せた。
「全く…英雄殿は意外と貧弱ですな。"気圧で古傷を、泣くほど痛める"とは」
原因が分かれば作るべき魔法薬の調合など容易い。スネイプはベッドに背を向けて、慣れた手つきで大鍋の中を掻き混ぜていく。
「うぅー…痛い…」
スネイプが魔法薬を作り終える頃。ベッドの上で、ハリーは本日何度目かわからない弱音を吐いた。
「でしょうな。先程から、雨が強くなったり弱くなったりを繰り返している。天気や季節の変わり目に古傷が痛むと聞いたことはあったが…英雄ポッターはさぞデリケートなようで」
疲労困憊といった様子でぐったりしている生徒に、ここぞとばかりに嫌味を言って気持ちを整理すれば、スネイプはベッドの端へと腰掛けた。手には、どろりとした灰色の鎮痛薬の液体が入ったゴブレットと、すり潰されペースト状になった鎮痛効果のある薬草が塗りたくられたガーゼを持っている。
「因みにだが、雨はまだ暫く続くぞ?よく効く薬が目の前にあるというのに、苦そうという理由で飲むのをサボり授業を休もうものなら、グリフィ…」
「の、飲みます!飲むから…」
小さくパタリとベッドに横たわる寝間着姿の少年を一瞥すれば、"薬ごときでだらしのない"と、スネイプはわざとらしく溜息を吐いてみせた。
「先生、僕だからわざと苦くしました?」
「…貴様は少し、先入観という眼鏡を取ったらどうかね?」
どうしてこの子供は、人の優しさを素直に受け取れないのか。スネイプはやれやれと言った顔でハリーに向き直れば、ペースト状の薬が塗りたくられたガーゼを彼の額の傷へと優しく当て、医療用のテープで固定した。少しスースーする感覚がしたあと、ハリーは、先程までの頭が割れるほど痛かったあの激痛が嘘のように引いていることに気がついた。
「具合はどうかね?」
「痛くないです…全然…」
ハリーは耳をすませた。まだ雨は止んでいなかったが、雨音が額の傷に響くことももうなかった。杖を振るい、さっさとテーブルの上を片付けるスネイプの背中を見ながら、ハリーは思わず小さな声で呟いた。
「…スネイプ先生、すごい…」「ありがとうございました、スネイプ先生。少し遅れちゃうけど、授業行ってきます」
雨はまだ降り続いていたが、それは心地良い小雨へと変わっていた。
[推定診断とその根拠]このくだりからハリー・ポッターの頭の痛みは、雨の日に起き、数時間で消失しています。この痛みの可能性として、片頭痛もしくは三叉神経痛と考えられます。昔からよく「古傷がうずくと雨が降る」と言われ、これには自律神経が関係しています。雨が降る前には気圧が低下するため、その変化を体が感知して脳の視床下部というところを通じて交感神経が活発に活動するようになります。その結果、ノルアドレナリンという物質が血液中に放出され、痛みを感じる神経を刺激するようになります。ノルアドレナリンは血管収縮をさせたり、神経を刺激するようになります。さらに副腎髄質というところにも働きかけアドレナリンを分泌し、同様に痛みを感じる神経を刺激するようになります。通常では、気圧が下がって痛みを伝える神経が刺激されたとしても、痛みを感じることはまずありません。しかし、以前に傷ついてしまった神経は、正常では認められなかった交感神経に反応する回路が新たに出現するため、気圧の変化で痛みを感じるようになってしまうのです。
[予防とケア]ポッターの額の傷は三叉神経第一枝の領域で、神経痛をよく感じる場所でもあります。
ヴォルデモート卿の力が働いている怖いものでなくて良かったですね!
※三叉神経痛とは
三叉神経枝(第1枝:眼神経→目尻からおでこまで、第2枝:上顎神経→目尻~口角・上顎まで、第3枝:下顎神経→口角から下)の一側性の発作性顔面痛のことで、痛みは1秒~2分程度の激痛で、刺されるような鋭い痛みで、カルバマゼピン内服やリドカイン静脈注射が奏効します。帯状疱疹後のような有痛性三叉神経痛にはプレガバリンやミロガバリン、デュロキセチン、アミトリプチリンが奏効します。
ちなみに、ハリー・ポッター役で有名なダニエル・ラドクリフは片頭痛&群発頭痛持ちで、群発頭痛2012年に発症したと告白しています。ラドクリフは1989年生まれですので、22歳頃のことです。もしかしたら、ヴォルテモートの呪いかも・・。そんな事、あるはずがないですね。
英国Independent紙のインタビューで、自らの闘病をこう語っています。「僕は群発性頭痛というおかしなものに侵されていたんだ。とても稀な病気でね、とてつもない痛みを伴うんだ。片頭痛がかわいく感じるほどだよ。その痛みに襲われると、自分がすごく根性なしに思えた。毎日すごく強い頭痛薬を飲んで思ったんだ。『なんで、痛みが治まらないんだ?』って」。
※群発頭痛とは医学的には「三叉神経・自律神経性頭痛」の一つで、
①極めて重度の痛みが一側の眼窩部、眼の周囲、側頭部に15~180分持続する
②頭痛と同側に結膜充血もしくは流涙、鼻閉・鼻汁、眼瞼浮腫、顔面の発汗、痛みのせいで落ち着かない・興奮状態のいずれか一つは伴う
③発作は1回/2日~8回/日で起こる
が診断の基準ですが、アルコール摂取や急激な気圧差(scuba divingや飛行機での上下降、新幹線でのトンネルの何回もの出入など)で急激に発作が起こるのも特徴です。
この様な激痛が通常は2週~3ヶ月程度続きます。
急性期治療(鎮痛薬)としてスマトリプタン皮下注や酸素吸入(フェイスマスクで7L/分を15分間)が推奨されています。一般的な鎮痛薬(OTC製剤)は全く効果がありません。
予防療法としてはベラパミル(240mg/日)、ステロイド(プレドニゾロン60~100mg/日を1回/日で最低5日間投与後、10mg/日ずつ漸減)、炭酸リチウムが有効です。